2016年3月1日火曜日

2016年3月1日

幸野楳嶺先生像

田島です。早いものでもう3月です。暖かくなるかと思えば今日は雪がちらついています。
キャンパス内の幸野楳嶺先生像にも雪が付着していました。
頭の上ではなく、横に雪があるのは、北からの強い風で雪が片側に付いたためと思われます。ちょっと珍しい光景です。
銅像といえば、北大のクラーク博士や、早稲田の大隈重信さんは大学のシンボルにもなっていますね。
京大の折田先生像は入学試験シーズンの風物詩として、毎年新作が作られて話題ですね。今年はカービィだったようです。
同じ入学試験シーズンを先頃無事に終えた京都芸大ですが、幸野楳嶺先生像には何の変化もありませんでした。芸術大学のわりにはちょっとさびしかも。いや、イタズラをすすめているわけではありませんが。
この大学は試験問題の管理が厳重なので、試験の前日は立ち入り禁止だし、当日も受験者以外は入れません。だから京大のような盛り上がりはもともと無理なわけです。しかも、受験の時は立体作品搬入のためのテントが張り巡らされており、キャンパスの南端の方にある幸野楳嶺先生像には、受験生はたどり着けないようになっています。
大事な入学試験なのに、文字通り蚊帳の外に置かれる楳嶺先生、、、
せめてオープンキャンパスの時などに、合格祈願でお参りしてもらえたらともいます。

あ、それから、試験を終えて胃をきりきりさせながら発表を待つ間、なにか少しぐらい情報はないかとこの芸研日誌にたどり着いた受験生の方へ。
今年の試験に関する耳寄りな情報は、、、特にありません。
粛々と採点され、淡々と集計が進められているはずです。
発表までもうしばらくお待ち下さい。
われわれ教員も、今年は総合芸術学科にどんな学生が入ってくるかとドキドキしながら待っています。

2016年2月10日水曜日

2016年2月10日

作品展


こんにちは、二回の澤田です。

さて、今年もこの時期がやって参りました!
今日から京都市美術館と京都芸大のキャンパスにて作品展が開催されています。

各専攻の学生が日頃取り組んでいる制作や研究の成果を発表する場とあって、
例年ものすごく見応えのある展示となっています。




こちらは構想設計、彫刻、総合芸術学という異なる三つの専攻の作品が一堂に会する、
なんとも不思議で面白い展示空間です。







そして今年の総合芸術学科の展示はこのようになっております。
皆さんお気づきでしょうか。
一月の日誌でも先輩が書かれていましたが、今年は芸研のブースがだいぶリニューアルされています!!



各学年、研究成果や授業での制作物などを統一されたフォーマットでデスクに並べて展示しています。

これで実技専攻の作品にも負けずに、存在感を発揮できているはず…!







日曜日には本館で作品に関するギャラリートークもあるようです。
本館だけでなく、別館(学部一回生による展示)や京都芸大キャンパスでも面白い作品がたくさん展示されています!


2月10日(水)~14日(日)〈午前9時~午後5時(入場は午後4時半まで)〉まで開催しています。是非お越しください!!

2016年2月1日月曜日

2016年2月1日

教室にて

教員の田島です。
さきほど後期の最後の授業を終えました。
で、こちらが教室の写真です。

今日はレポートの受付とアンケートだったので、だいたい座っていました。
普段は立って歩き回りながら授業をしているのですが、90分間座っていて思ったことは、
寒い
ということです。
写真の左上に見えるのが、暖房冷房兼用のエアコンです。
冷房の時はいいのですが、暖房だと上の方ばかり暖まり、足元が冷えます。
公立大学の宿命で、施設のボロさには定評があります。
大正時代、当時の校長松本亦太郎がこのことについて、
「歴史有る名門校の校舎がボロいのは世界共通だ」
というようなことを言っています。
京都芸大は昔からボロかったし、これからもボロい。
しかしそれこそが歴史ある名門校のしるしである。
なんという気休め心励まされる言葉でしょう!

ということで、受験予定の方へ。
足元の冷えに対する対策をしっかりしてきて下さい。

2016年1月27日水曜日

2016年1月27日


作品展準備!


こんにちは、3回生西森です。
本日は作品展に展示するものの準備日です。
そのため朝からばたばたした雰囲気です。
















午前は展示するイメージや文書の印刷・・・

















午後からは展示に使う机や椅子の組み立ても。





















準備物が揃ったら、実際に設置してみて展示イメージを確かめます。
んんん?
何かいつもの展示とは違うような・・・?












ちなみにこちらが去年の展示の様子です。
明らかに様子が違う!
そうです、今年から芸研の展示ブースがリニューアルするのです。
一体どんな展示になるのか・・・
よければ2月10日から京都市美術館で開催される作品展に足を運んで確かめてみてくださいね。


2016年1月20日水曜日

2016年1月19日


冬の古都・南京


東洋美術史の竹浪です。年末に南京へ行ってきました。
三国志で有名な呉とそれに続く東晋、南朝の四王朝が都を置いた古都。
K大学のI先生の調査団に参加しての4泊5日の旅です。

1日目 夜の便で関空から南京へ。調査団は数日前に出発し、私は途中参加なので一人で移動です。たまたま飛行機で隣り合わせた方が、南京出身の方で、空港から市内へのバスを教えてくださったので、スムーズにホテルまで行くことができました。



2日目 天気は快晴、気温は京都より少し低いくらい。
朝から早速、南京博物院へ向かいます。
南京博物院は3年前にリニューアルされ、石器時代から近代まで膨大な収蔵品が展示されています。特に南朝の陶磁器、貴族の墓から発見された塼(レンガ)製の壁画は必見です。広い館内を汗だくになって夢中で撮影しました。



続いて、南京の北東にある名山・紫金山ふもとの霊谷寺へ。
9階建ての塔に昇ると市街地が一望できました。冬枯れの木立は、清代の金陵(南京)派の静寂な山水画を思わせます。


午後からはさらに北東へ。南朝・梁時代の皇族の墓に建てられていた石柱や石獣が田野に点在しています。かつての栄華と世の無常を感じずにはいられません。


ここは江南の名刹・栖霞寺です。南朝~唐時代の石窟が山腹に幾つも刻まれています。五代(10世紀)に、この地で栄えた南唐の石塔も立っており、仏伝図のレリーフがみごとです。

3日目 I先生一行は一足先に帰国され、今日からはKo大のM先生との二人旅です。
午前中は、きのうに続き南京博物院へ。見切れなかった展示の続きです。
午後からは、1年半前に開館したばかりの六朝博物館へ。MIHO MUSEUMと同じく中国系アメリカ人の建築家I.M.ペイが手掛けたとのことで、写真掲載は控えますが、とても凝った展示室でした。例えば室内が竹林になっていて、その間を巡りながら作品を鑑賞する部屋もあります。ここでも、青磁などの出土品が惜し気もなく飾られています。付近は、中華民国時代の建築物も多く、プラタナスの街路樹も立派で、古都らしい雰囲気を味わえます。

4日目 地元ガイドのOさんの案内で、郊外の史跡巡りです。まずは南唐の陵墓に出かけたのですが、びっくりするほど濃い霧であたりの様子が全くわかりません。ホワイト・アウト状態のなか何とかたどりついたころ、ようやく陽が射してきました。
 南唐は10世紀半ばに栄えた王国で、初代と二代目の王様の墓が街の西北の山中で発見され、南唐二陵として公開されています。これは二代目・李璟の順陵。私の研究テーマでもある山水画家・董源が仕えた王様です!当時の繁栄をしのびつつ、内部の彩色やレリーフに注意して調査しました。


 昼過ぎからは、長江東岸のビュースポット・閲江楼へ。明の初代・洪武帝が建造しようとしたものの取り止めとなり、現代になってからの建築ですが、南京を巡る城壁と長江沿岸の大パノラマを見渡せます。

 さらに共産党の国家建設のシンボルである長江大橋へ。1968年の完成で、長さは約1.5キロ。下は鉄道、上は車道と歩道になっています。橋の上から眺めた長江です。列をなして、整然と輸送船が過ぎていきます。午後の陽を受けた水面のかがやきと、かすむ船影とのコントラストは、まるで一幅の水墨画です。

 夕刻、ホテルへつきました。市内にある玄武湖公園のほとりです。黄昏の眺めが見たくて、湖畔を散策。ちょうど月も登りはじめたころです。岸辺の蘆。繋留された小舟。次第にうす紫になっていく対岸、遠くまで続く水面。董源もこのような長江や水郷の風景を眺めることで、江南山水画を創り出していったのかもしれません。

 このあと、M先生と市内の繁華街・秦淮へ。夫子廟、科挙の受験場跡は遅くまで開いていて、南京最後の夜を満喫しました。

5日目 午前中、夫子廟近くの名園・瞻園へ。四角い敷地を巧妙に使っており、次々に変化する眺めに驚かされます。

日暮れの便で関空へ。陵墓、寺院、庭園、博物館、近代建築や江南の自然にも触れることのできた5日間でした。行けなかった場所もまだ沢山あるので、ぜひ次の機会にと思います。I先生、M先生をはじめお世話になった皆さま、本当にありがとうございました。

2016年1月15日金曜日

2016年1月13日

冬休み読書感想文

 あけましておめでとうございます。本年も芸研に関係あること無いこと更新していきたいと思います。よろしくお願いいたします。



 冬休みに三田誠広さん著『聖徳太子-世間は虚仮にして-』を読みました。昨年の8月に出版された本なのですが、これが…とてもおもしろかったです。以下若干のネタバレを交えつつ紹介したいと思います。


 舞台は今から約1400年前の飛鳥時代の奈良。主人公は題名から分かる通り、日本史のスーパースター聖徳太子です。彼の生涯について史実とフィクションを交えながら物語が進みます。ちなみにここでいう史実とは『日本書紀』や『上宮聖徳法王帝説』などを指します。大昔に書かれたこれらの文章からは、もちろん聖徳太子の公の場においての姿しか読み取ることが出来ません。太子が日々何を考え、何に笑い何に涙したのか…そんなドラマがあったにも関わらず……見てみたい、聖徳太子の素顔を……!そんなアツい私の妄想に見事に応えてくれたのがこの本です。

 そして、この本にはなんと、あの鞍作止利が登場するのです。みなさまご存知ではあると思いますが一応紹介すると、鞍作止利とは飛鳥時代に活躍した仏師です。『日本書紀』にも登場する止利は、仏教が公伝したばかりの飛鳥時代において、権力者に請われて仏像をつくりました。彼がつくった像は1000年以上経った現在でも法隆寺などで見ることが出来ます。(《法隆寺金堂釈迦三尊像》《飛鳥寺釈迦如来坐像》など)このように美術史においては輝かしい功績を残す止利ですが、日本史の中で見ると聖徳太子やに比べ、残念ながら彼はやや地味なのです……。しかし、この本の登場人物一覧ページには「鞍作止利」の名前が!しかもチラッと出てきて退場する端役ではありません。冒頭からラストまでほぼ出突っ張りな準主役ポジションとして活躍します。時には馬に乗り、時には鏨(仏像をつくるための道具)で敵を撃退する……。かつてこれほど生き生きとした鞍作止利がいたでしょうか……?お堂の入り口にひっかかった仏像を見事な機転で搬入させた止利も魅力的ですが(『日本書紀』より)、こちらの文武両道な止利も大変素敵です。

 その他にも、日本史の教科書でお馴染みの《玉虫厨子》や《法隆寺救世観音像》などの美術作品もたくさん登場し、日本好き・美術好きの人にはたまらない小説だと思います。私はこの飛鳥という時代が大好きなのでとても楽しめました。興味が出た方はぜひ読んでみてください。

4回生柴田

2016年1月5日火曜日

2016年1月5日


ベトナムの正月の花


初めまして、私はアインと申します。ベトナムから来た留学生です。来年度から修士程度に入学します。よろしくお願いします。
初めて「芸研日誌」に書きますから、実は何について書けばいいか分かりません。田島先生の助言によれば、ベトナムに関する面白いことについて書いてもいいということです。初めて日本の正月を経験するので、ホームシックにかかってます。それで、ベトナムの正月の花について書きたいと思います。

ベトナムでは、旧暦にしたがって正月を祝います。明治時代の前に、日本も旧暦を使っていたと聞いています。そのため、ベトナムの正月Tết Nguyên Đán、節元旦」はだいたい二月であり、冬が終わって春が来た時点です。春を迎えるために、ベトナムでは部屋を花で飾る習慣があります。地方によって、花の種類は異なっています。
ハノイのような北ベトナム地方では、赤い桃の花がよく使われます。桃を植える農民は、花を正月ちょうどに咲かせるために、様々な工夫をしています。例えば冬の温度が高すぎる場合、花開く時点を延期するために、桃木に冷たい水をあげます。
桃の花で住まいを飾るのは中国から渡来した習慣だと思います。中国において、桃が悪霊を祓えると考えています。年末に、年中の事情について玉皇大帝に伝えるため、神々は天界に戻ります。神々が留守するので、悪魔が自由に人々を害します。門を桃で飾る習慣は、もともとに悪霊を追い払うためのものです。

南ベトナムでは、冬がほとんどありません。三月には温度は高く、30度を超えることもあります。そのため、桃が咲きません。そして、南ベトナムで愛用した花が黄梅です。黄梅を使う理由を巡って、様々な説があります。ベトナム語で「梅」が「ラッキー」の意味がある言葉との同音異義語である説があります。他の説によれば、黄梅の新鮮的な色が陽光の色に似ていますから。実は不明です。
このように、ベトナム人は桃や黄梅を好みます。だいたい日本人の愛情に対する愛と同じだと思います。桃は北ベトナムの象徴です。南ベトナムの象徴は黄梅です。

私の家族は、数十年前に北ベトナムからベトナム中部に移り住みました。ベトナム中部はだいたい暖かいので、皆さんが黄梅を使います。しかし、父親は北ベトナムのことが懐かしいので、今でも、できるだけ毎年桃の枝を探すようとしています。